再生可能エネルギーや水素、アンモニア、CCS(CO2回収・貯留)といった脱炭素電源への投資を促すため、国が導入した「長期脱炭素電源オークション制度」。
2023年度から本格的に始動し、2024年には第2回の入札結果が発表されましたが、想定よりも応札数が伸びず、制度の見直しが進められてきました。2025年度の第3回入札からは、CCS付火力や長期エネルギー貯蔵システムの追加、上限価格の引き上げ、さらには価格補正の柔軟化など、大幅な制度変更が予定されています。
本記事では、長期脱炭素電源オークション制度の基本的な仕組みから、最新の制度変更までを初心者にもわかりやすく解説します。これから再エネ・蓄電分野に関わる方や、制度の概要を知りたい方に向けて、できるだけ具体的にまとめました。
長期脱炭素電源オークション制度とは
脱炭素社会の実現に向けて、多様な電源への新規投資を後押しするために創設されたのが「長期脱炭素電源オークション制度」です。
この制度は、単なる補助金とは異なり、市場メカニズムを活用しながらも長期的な収益の予見性を事業者に与える特徴があります。はじめに、制度の背景、目的、そしてエネルギー基本計画との関係について見ていきます。
制度創設の背景と目的
日本政府は2050年カーボンニュートラルの達成を掲げ、その実現に向けたエネルギー政策を加速させています。再生可能エネルギーをはじめ、水素やアンモニア、CCS付火力といった次世代電源への投資を拡大する必要がありますが、これらの電源は初期投資が高く、運用上の不確実性も大きいため、民間事業者が単独で投資判断を下すのは容易ではありません。
このような背景から誕生したのが「長期脱炭素電源オークション制度」です。制度の目的は、新規の脱炭素電源に対して長期間にわたり収入を保証することにより、投資リスクを軽減し、電源開発を促進することにあります。
従来の再エネ固定価格買取制度(FIT制度)とは異なり、本制度では発電された電力そのものを買い取るのではなく、「容量」(=供給可能な電力の安定性)に対して報酬を支払う点が特徴です。これにより、出力の不安定な再エネだけでなく、調整力を持つ蓄電池や火力ベースの新技術にも対応可能な制度設計となっています。
容量収入による長期的な予見可能性の確保
長期脱炭素電源オークション制度では、落札された電源に対し、原則20年間にわたり固定費相当の「容量収入」が支払われます。これは、発電事業者にとって将来的な収益を見通しやすくする大きなメリットであり、特に新規技術の導入時における資金調達のしやすさにもつながります。
たとえば、CCS付火力のように初期コストが大きく、収益性の見通しが立ちにくい電源でも、長期間の収入保証があれば、金融機関からの融資を受けやすくなります。このような制度設計により、再エネや次世代火力など多様な脱炭素電源の市場参入が期待されているのです。
さらに、本制度では応札価格の中に建設費や運用費、事業報酬などを含めることができるため、事業者にとって柔軟な収支設計が可能になります。制度開始から第2回までの結果を踏まえ、価格補正や報酬率の見直しも進められています。
エネルギー基本計画との位置づけ
本制度は、「第7次エネルギー基本計画」において明確に位置づけられています。同計画では、再エネの主力電源化と並行して、脱炭素電源への長期投資環境の整備が重要課題とされており、長期脱炭素電源オークションはその中核的な施策の一つです。
また、エネルギー基本計画では、市場変動などのリスクに柔軟に対応できる制度設計が求められており、事業報酬率や上限価格の設定などが継続的に見直される方針も明記されています。こうした政策の中で、当制度は脱炭素と経済合理性を両立するための実行的な仕組みとして、今後も重要な役割を担っていくことが期待されています。
第3回入札からの主な制度変更の全体像
長期脱炭素電源オークション制度は、脱炭素社会の実現に向けた国の中長期戦略の一環として導入されましたが、開始から2回の入札を経て、制度面の課題が浮き彫りとなりました。特に、第2回入札では期待されたほどの応札が集まらず、制度の実効性に対する懸念が指摘されていました。これを受けて、2025年度の第3回入札からは、複数の大幅な制度改正が行われることになりました。
ここでは、制度改正が必要とされた背景と、そのうえで実施された主要な見直し項目について、順を追って解説していきます。
なぜ制度改正が必要だったのか
長期脱炭素電源オークション制度は、将来の脱炭素電源への投資を促すために設けられた仕組みですが、初期段階の設計ではいくつかの制約が存在していました。その最たるものが入札上限価格の低さです。
制度では、電源種ごとに「10万円/kW/年」という一律の価格上限が設定されていましたが、これではCCSや水素・アンモニアのようなコストの高い電源には現実的な収益が見込めず、応札の障壁となっていました。
加えて、事業報酬率の一律設定(税引前WACC5%)も問題視されていました。通常、建設期間が長くリスクが高い電源にはより高い報酬率が求められるにもかかわらず、リスク差を考慮しない制度設計では、事業者の投資判断を後押しする効果は限定的でした。
また、インフレや為替変動といった経済環境の変化に対応する価格補正の仕組みも十分とは言えず、事業者側の不安材料となっていたのです。こうした要因が重なり、第2回入札では落札容量が限定的となり、制度全体の見直しが急務となりました。
応札促進のための主要な見直し項目の一覧
第3回入札からは、前述の課題を解消すべく、応札促進に向けて制度が大幅に見直されました。主な変更点は以下の通りです。
1. 入札上限価格の引き上げ
従来は「10万円/kW/年」の一律上限でしたが、電源種のコスト特性を踏まえ、原則「20万円/kW/年」まで引き上げられました。水素・アンモニア・CCS付火力については、それぞれ個別にさらに高い上限価格が設定されています。
2. CCS付火力および長期エネルギー貯蔵システム(LDES)の対象追加
これまで対象外だった既設火力のCCS化やLDES(長時間蓄電技術)が新たに入札対象として追加されました。特にCCSについては、最低CO2回収率や貯蔵率のリクワイアメントも設定されています。
3. 事業報酬率(WACC)の調整
一律5%から、建設リードタイムに応じて±1%の調整が可能となりました。たとえば、建設期間が10年以上かかる案件には最大6%の報酬率が認められます。
4. 可変費(燃料費等)の支援拡大
水素・アンモニア、CCS付火力については、可変費のうち燃料代差額や追加処理コストなどが応札価格に算入可能になりました。対象は原則として設備利用率40%分までとされています。
5. 混焼率・貯蔵率リクワイアメントの柔軟化
混焼率・CO2貯蔵率70%というリクワイアメントに対し、設備利用率が40%を超えた場合にはリクワイアメントの緩和措置が適用されます。過剰なペナルティを回避するための実務的な対応です。
6. インフレ・金利・為替リスクへの価格補正
従来のCPI補正に加え、費用項目ごとの指数連動型補正を導入。必要に応じて事業者が補正項目を選択できるようになり、制度の柔軟性が高まりました。第1・第2回落札分にも補正選択が可能です。
これらの改正により、事業者にとっての制度の魅力が大きく高まりました。今後の入札において、より多様な電源の応札・落札が進むことが期待されます。
新たに対象となる電源:CCS付火力とLDES
長期脱炭素電源オークション制度の第3回入札から、新たに2つの電源技術が対象として加わることになりました。それが「CCS(CO2回収・貯留)付火力」と「長期エネルギー貯蔵システム(LDES)」です。これらはいずれも脱炭素化において重要な役割を果たすとされる技術ですが、コストや導入ハードルの高さから、これまでの入札では対象外とされてきました。今回の制度改正では、これらの技術を実用段階へと引き上げるため、制度上の条件が整えられました。
CCS付火力の制度的扱い
既設改修型の追加とその条件
これまでの入札では、CCS付火力は理論上は対象であったものの、実際にはコストの不透明さや応札案件の見込みが立たないことから除外されてきました。今回の第3回入札からは、既設の火力発電所をCCS化する改修型案件が正式に入札対象として追加されました。
新設や全面リプレースではなく、既存設備を活用してCO2回収装置を追加することで、初期投資を抑えながら脱炭素化を進める狙いがあります。ただし、設置スペースや配管経路など敷地条件に制約があるため、全体のCO2回収効率はやや抑えられる傾向にあります。
このような背景を考慮し、既設改修型CCS付火力に対しては、供給力提供開始期限を11年(環境アセスメント済の場合は7年)に設定し、現実的なスケジュール感での開発が可能となるよう制度が整えられました。
CO2回収率・貯蔵率リクワイアメントとペナルティ
制度では、脱炭素電源として認められるための条件として、最低CO2回収率20%が求められます。これは、発電設備の出力に対して、どれだけのCO2を回収するかを示す指標で、図で表すと「③÷④(定格出力時ベース)」で計算されます。
さらに、実際に回収したCO2を貯蔵することも義務づけられており、「①÷②(実績ベース)」で示される年間CO2貯蔵率が70%以上であることが求められます。これを下回った場合には、容量確保契約金額が1割または2割減額されるというペナルティが設けられています。
これは単なる排出削減の「見せかけ」ではなく、実効性のある脱炭素化を制度として担保するための仕組みといえるでしょう。
他制度との重複防止策(CCS支援制度)
現在、CCS技術の普及を支援するために、政府は別途「CCS支援制度」の創設も検討中です。このため、長期脱炭素電源オークション制度と支援が重複しないように、CCS支援制度から助成を受けた金額は、オークション応札価格から控除することが求められます。
つまり、二重に支援を受けることがないよう調整措置が講じられており、公平性と制度運用の透明性を両立する仕組みとなっています。
長期エネルギー貯蔵システム(LDES)の対象追加
揚水・蓄電池との比較
「LDES(Long Duration Energy Storage:長期エネルギー貯蔵システム)」は、長時間にわたり電力を蓄えることができる新しい蓄電技術の総称であり、次世代エネルギーインフラとして世界的に注目されています。既に制度の対象となっている揚水発電やリチウムイオン蓄電池は、比較的短時間の需給調整に向いていますが、LDESは数時間〜数十時間規模の放電が可能で、再生可能エネルギーの変動をより柔軟に吸収できます。
たとえば、熱エネルギーを用いた蓄熱システムや空気圧縮方式の蓄電など、さまざまな技術がLDESとして分類されており、技術的な多様性が大きな特徴です。
供給力提供開始期限と制度上の条件
LDESについては、今回の第3回入札から正式に対象電源として加えられます。制度上の取り扱いとしては、揚水発電と同様の上限価格・最低応札容量・調整係数が適用されますが、供給力提供開始期限は蓄電池と同じ「4年」と定められています。
これは、LDESが揚水発電と似た役割を果たしつつも、より短期間で開発可能な技術であることを見越した設計です。事業者としては、迅速なプロジェクト進行が求められる一方で、応札のチャンスが広がる形となっています。
LDESの導入が進めば、再エネ比率の高い地域でも電力の安定供給が可能となり、脱炭素化と系統安定性の両立に向けた重要なピースとなることが期待されます。
電源ごとの事業報酬率の見直し
長期脱炭素電源オークション制度では、応札価格に含まれる構成要素の一つとして「事業報酬率(税引前WACC)」が設定されています。これは事業者が投資に見合うリターンを得るための基準であり、制度の設計上、非常に重要な役割を担っています。
これまでの制度ではすべての電源に対して一律5%という事業報酬率が設定されていましたが、この方式では電源種ごとのリスクを十分に反映できないという問題がありました。特に建設期間の長い新設案件では、この一律基準が障壁となっていたのです。こうした背景から、第3回入札では事業報酬率の柔軟な見直しが導入されました。
一律5%から建設リードタイムに応じた可変方式へ
制度開始当初から用いられていた一律5%の事業報酬率は、制度設計の簡素化という点では有効でしたが、現実的にはすべての電源種が同じリスク水準であるとは言えません。たとえば、建設リードタイムが長く、初期投資額も大きい電源では、資金拘束の期間が長くなるため、その分だけリスクプレミアム(追加報酬)が求められます。
こうしたリスクの違いを制度に反映させるため、第3回入札からは建設リードタイム(供給力提供開始期限)に応じた報酬率の調整が導入されました。具体的には以下の通りです。
建設リードタイム | 事業報酬率の調整 |
---|---|
10年以上 | +1%(最大6%) |
5年未満 | −1%(最小4%) |
5~10年未満 | 変動なし(5%) |
この方式により、長期プロジェクトにはインセンティブが付与され、短期開発には効率性が求められる形となり、電源種に応じた投資判断がしやすくなります。投資リスクを加味した制度運用は、事業者の参入を後押しする現実的な措置と言えるでしょう。
新設・リプレース案件の応札促進策としての意義
これまでの入札結果を見ても、新設・リプレース案件の応札は限定的でした。第1回入札では、揚水発電や蓄電池のように既に設備基盤が整っている技術に応札が集中し、新たに設備投資が必要な案件の応札は非常に少ない結果となっています。
背景には、前述のような事業報酬率の硬直性に加え、初期コストや工期の長さから来る収支リスクが影響していました。そこで、今回の報酬率調整は、特に新設案件に対して適正な収益性を確保するための施策となっています。
たとえば、10年以上かかる大規模な水素専焼発電所や、CCS対応の石炭火力などは、多額の資金調達と長期の建設期間を必要とします。このような事業に対して、追加1%の事業報酬率が認められることは、金融機関からの融資条件の緩和や、投資家へのリターン確保の面でも有利に働きます。
一方で、すでに一定のインフラが整っており、比較的短期間で供給力を提供できる案件については、報酬率が1%引き下げられることで、制度全体の効率化とコスト抑制にもつながる仕組みです。
このように、事業報酬率を電源特性に応じて調整可能としたことは、多様な電源構成の形成と市場の競争的な成長を促すうえで、きわめて意義深い制度改正といえるでしょう。
入札上限価格の大幅引き上げ
長期脱炭素電源オークション制度において、入札上限価格は事業者が応札価格を設定する際の重要な基準となります。しかし、これまでの上限価格の設定には、脱炭素電源の導入を阻む構造的な課題がありました。第3回入札では、そうした課題に対応するために、上限価格の見直しが大きなポイントの一つとなっています。
従来の10万円/kW/年の限界
電源種別ごとの入札上限価格の変化(単位:万円/kW/年)
電源種別 | 第2回入札(上限) | 第3回入札(上限) |
---|---|---|
揚水発電 | 10 | 20 |
蓄電池 | 10 | 20 |
新設火力 | 10 | 20 |
水素・アンモニア | 10 | ※最大20以上 |
CCS付火力(LNG) | 対象外 | 13.7 |
CCS付火力(石炭) | 対象外 | 34.3 |
制度創設当初から、第2回入札までの長期脱炭素電源オークションでは、入札価格の上限として「10万円/kW/年」という一律の閾値が設定されていました。これは、国民の負担を抑制するための規律として導入されたもので、制度の健全性を保つ観点では一定の意義がありました。
しかし実際には、この上限価格が多くの電源種にとって現実的なコストを反映していないという問題が顕在化しました。特に水素・アンモニア・CCS付火力といった黎明期の技術を用いた発電方式では、10万円/kW/年では採算が合わず、応札が見送られるケースが続出したのです。
たとえば、第2回入札では、制度上の上限価格と比べて、事業者側が想定していたコストベースの価格(表中で赤字で表示)を大きく下回る設定となり、その結果として新設・高コスト電源の応札数が極めて少ない結果となってしまいました。
第3回からの原則20万円/kW/年への引き上げとその狙い
こうした課題を踏まえて、第3回入札からは、入札上限価格の閾値を「原則20万円/kW/年」に引き上げる方針が打ち出されました。これは、あくまで一律ではなく電源ごとのコスト構造を考慮した上での柔軟な対応を可能にするものであり、以下のような狙いがあります。
- コストの高い脱炭素電源(特に黎明期技術)の参入を促進
- 事業者が実際のコストに基づいた応札を行えるようにする
- 投資判断におけるリスクと収益のバランスを改善
実際、CCS付火力については石炭型で34.3万円/kW/年、LNG型でも13.7万円/kW/年という個別の上限が設けられており、水素・アンモニアに関してもグリーン燃料の調達コストを加味した特別な価格帯が設定されています。これにより、従来制度では対応が難しかった新技術の本格的な市場導入が可能になると期待されています。
競争原理による価格抑制効果の期待
上限価格が引き上げられると、国民負担の増加を懸念する声もありますが、制度設計上、オークション形式を採用していることが適正価格の形成を担保します。つまり、応札が複数集まれば競争原理が働き、実際の約定価格は上限価格よりも低くなるのが一般的です。
たとえば、仮に複数の事業者が同じ電源区分で応札した場合、もっとも低い価格を提示した案件から順に落札されていくため、上限価格に“張り付き”になるケースは限定的です。したがって、上限価格の引き上げ=高コスト化と単純には結びつかない設計となっています。
さらに、今後導入が見込まれるCCSやLDESなどの電源種では、技術が普及し、コストが下がってくれば、自然と応札価格も低減していくと考えられています。したがって、制度側で一定の“ゆとり”を持たせることは、長期的なコスト効率の向上にも寄与する合理的な選択といえるでしょう。
水素・アンモニア・CCS付火力への特別措置
水素・アンモニア・CCS付火力といった脱炭素型の電源は、カーボンニュートラル社会の実現に不可欠とされる技術です。しかし、その導入には非常に高いコストがかかるため、制度上の特別措置がなければ実用化は難しいのが現状です。第3回入札では、これらの電源に対して、上限価格の大幅な緩和や可変費支援の拡大といった新たな支援策が導入されました。
これらの措置は、あくまで黎明期にあるこれらの技術を市場に根付かせるための「橋渡し的支援」であり、長期的には競争力のある価格形成を促す狙いもあります。
水素・アンモニア:上限価格と可変費支援の緩和
グリーン燃料価格の実情と支援設計
水素やアンモニアは、燃焼時にCO₂を排出しない「ゼロカーボン燃料」として注目されていますが、現時点ではグリーン水素・グリーンアンモニアの価格が極めて高いという課題があります。たとえば、従来のLNG(液化天然ガス)や石炭と比較すると、同じエネルギー量あたりのコストは2倍から3倍以上になることもあり、発電用途での本格利用には大きなハードルがあるのが実情です。
このため、第3回入札からは水素・アンモニアに関して、標準の20万円/kW/年の上限価格ではなく、燃料価格を反映させた特別価格が設定されました。また、燃料費などの可変費についても、従来より踏み込んだ支援が認められています。
設備利用率40%まで可変費支援を認める意味
これまでは、可変費(主に燃料費)は応札価格に算入できない、あるいは極めて限定的にしか認められていませんでした。しかし、燃料コストの高い水素・アンモニアでは、それでは現実的な価格形成が困難となるため、第3回入札では新たに可変費の一部を応札価格に含めることが可能となりました。
具体的には、LNGや石炭との価格差部分を対象とし、発電所の設備利用率40%分までを応札価格に反映してよいという設計になっています。たとえば、LNGと水素の燃料価格差が1kWhあたり10円であれば、その差額×設備利用時間分が応札価格に組み込まれる形です。
この「40%まで」という上限は、現在のLNG火力の平均稼働率を参考にしたものであり、制度による過剰支援や過少支援を避けるバランスの取れた設計といえます。また、過大な公的負担を回避しつつ、水素やアンモニアの実用化を段階的に進めるための現実的な支援策となっています。
6-2. CCS付火力:燃料別に異なる上限価格
石炭・LNGそれぞれの価格とCO2輸送コストの反映
水素・アンモニア・CCS付火力への特別措置一覧
電源種別 | 上限価格(万円/kW/年) | 可変費支援の範囲 | 募集上限 | その他要件 |
---|---|---|---|---|
水素・アンモニア | 最大20(特別設定) | LNG・石炭との差額 × 設備利用率40% | 設定あり | 年間混焼率70%以上(未達は減額) |
CCS付火力(LNG) | 13.7 | CCS追加コスト × 設備利用率40% | 設定あり | 年間CO2貯蔵率70%以上(未達は減額) |
CCS付火力(石炭) | 34.3 | CCS追加コスト × 設備利用率40% | 設定あり | 年間CO2貯蔵率70%以上(未達は減額) |
CCS(Carbon Capture and Storage:二酸化炭素回収・貯留)付火力についても、水素・アンモニアと同様に高コスト構造がネックとなっており、導入には特段の配慮が必要です。第3回入札では、CCS技術の導入に伴うコスト構造を詳細に分析したうえで、燃料別に異なる上限価格が設定されました。
- 石炭火力+CCS:34.3万円/kW/年
- LNG火力+CCS:13.7万円/kW/年
この価格差は、主に燃料の違いによる排出量の差や、CO2回収・輸送コストの違いによるものです。特に今回の設定では、CO2輸送手段としてコストの高い「船舶輸送」を前提とした価格が用いられており、より保守的な支援設計になっています。
可変費支援と募集上限の設定
CCS付火力についても、水素・アンモニアと同様に、CCS導入に伴って新たに発生する可変費(運転コストや圧縮・輸送・貯留のコストなど)を、設備利用率40%分まで応札価格に算入できるようになりました。これにより、事業者は高コストのCCS設備を導入する際の経済的な負担を軽減でき、投資判断が現実的に可能な水準へと近づきます。
ただし、制度としての健全性を維持するため、水素・アンモニア・CCS付火力のいずれにも「募集上限」が設けられます。これは、無制限な公的支出や過剰投資を防ぐための措置であり、需要と供給のバランスを見ながら、支援対象を適切に絞り込む制度運用がなされる予定です。
年間リクワイアメントとその緩和措置
水素・アンモニア・CCS付火力といった脱炭素電源を対象とするうえで、制度として特に重要なのが「年間リクワイアメント」の考え方です。これは、発電設備が脱炭素性能を確実に維持し、制度の目的を達成するために設けられた定量的な基準です。
第3回入札では、年間リクワイアメントを明確に設定しつつ、実際の運用時に発生する想定外のケースにも対応できるよう、柔軟な緩和措置も導入されています。ここでは、リクワイアメントの内容と、制度の現実的な対応策について解説します。
混焼率・CO2貯蔵率70%ルール
水素・アンモニア混焼発電とCCS付火力には、それぞれ異なるリクワイアメントが設けられていますが、共通しているのは、対象設備の年間利用に対して70%以上が脱炭素技術に基づく発電であることを求める点です。
- 水素・アンモニア混焼発電:年間平均で70%以上の混焼率(例:水素10%+アンモニア60%など)
- CCS付火力:発電によって排出されたCO2の70%以上を実際に貯蔵していること
この70%という数値は、技術的に現実的な水準とされており、完全なゼロエミッションではないものの、十分に脱炭素電源として評価可能な水準とされています。
制度では、これらの基準を満たしていない場合、容量確保契約金額の減額というペナルティが科されます。具体的には、未達成の度合いに応じて1割または2割の減額が行われるため、事業者にとっては遵守インセンティブの強い制度設計となっています。
実運用上の課題と設備利用率超過時の緩和対応
制度の設計では、可変費支援の上限として設備利用率40%までが基準とされており、この想定をもとに事業者は燃料使用量や貯蔵量を計画します。しかし、実際の発電事業では、系統からの要請や季節的な需要変動により、設備利用率が40%を超えるケースも十分にあり得ます。
このような場合、理論上は燃料使用量やCO2排出量が増える一方で、支援対象外となる追加分に対応した水素混焼やCO2貯蔵が行われなければ、年間リクワイアメントの達成が困難になるという矛盾が発生します。
この課題を解消するため、第3回入札からは設備利用率が40%を超えた場合に限り、リクワイアメント(混焼率・貯蔵率)の数値基準を緩和できる仕組みが導入されました。具体的には、設備稼働が制度想定を超えたときに、追加稼働分については脱炭素技術の使用割合が70%未満でも一定の猶予が認められることになります。
この柔軟な設計により、事業者は過剰なペナルティを回避しつつ、実需に応じた発電運用が可能となります。また、制度側も無理に稼働制限を課すことなく、エネルギー安定供給と脱炭素化の両立を実現する方向性が強調されています。
このような緩和措置は、特に運用初期における不確実性が大きい新技術に対して有効であり、事業者にとっても挑戦しやすい制度環境を提供するものといえるでしょう。
インフレ・為替リスク等に対応する価格補正制度
脱炭素電源への投資には、長期間にわたる建設・運用が伴います。そのため、インフレや為替変動、金利の上昇といったマクロ経済的なリスクにさらされる可能性が高く、これらを制度設計にどう反映させるかが大きな課題でした。
これまでの制度ではCPI(消費者物価指数)による一律補正が用いられてきましたが、資材価格の急騰や金利の変動には対応が不十分でした。第3回入札からは、これらのリスクに対応するためにより柔軟で精緻な価格補正制度が導入され、事業者の予見性と公平性が大きく向上しています。
CPIだけでは不十分だった理由
従来の長期脱炭素電源オークション制度では、落札価格に対して年1回、CPI(コアCPI)に基づく価格補正が行われていました。これは一般的なインフレ指標であり、消費者向けの価格変動を反映するものですが、発電事業者が直面するコスト変動とは必ずしも連動していないという問題がありました。
たとえば、発電設備に使われる銅、鉄鋼、セメント、半導体などの資材価格や、長期金利の変動、さらには為替レートの変化による輸入機器のコスト増などは、CPIとは異なる動きを示します。この結果、事業者が実際に負担するコストと補正金額との間に乖離が生じるケースが多く、収支計画の精度が落ちる原因となっていました。
特に昨今のように、グローバルなサプライチェーンが不安定になり、建設資材や物流費が急騰している状況では、CPI補正だけでは現実的なコスト補償とはなりえないという指摘が強まっていたのです。
年度ごとの自動補正と事業者の選択権
こうした問題に対応するため、第3回入札からは、費用項目ごとに異なる指標と連動した「自動価格補正」制度が導入されました。この制度では、以下のような構造が採用されています。
- 補正対象:建設費、運転維持費、資本コスト(利子)、燃料費 など
- 補正頻度:毎年度の期首に1回、自動的に補正
- 補正方式:各費用項目に応じた専用の経済指標(物価、金利、為替など)に連動
- 特記事項:補正後の価格が当初の上限価格を超えることも可
この制度の最大の特徴は、事業者が補正項目を個別に選択できる点にあります。たとえば、ある事業者がすでに建設費を固定契約している場合、建設費の補正を外すことで、不要な価格変動リスクを回避できます。逆に、金利が今後上昇すると見込む場合は、資本コストに連動した補正を選ぶことで、リスク回避策を講じることができます。
このように、自動補正の仕組みを柔軟に運用できることにより、事業者の財務戦略や契約状況に応じたリスク管理が可能となりました。
過去の落札案件への適用拡大
さらに公平性の観点から、今回の制度変更では第1回および第2回入札で落札された案件についても、新たな価格補正制度の適用が選択可能となりました。これにより、インフレや金利変動の影響を受けている既存プロジェクトにも、救済措置的な補正機会が提供されることになります。
ただし、この適用は義務ではなく、事業者の判断に委ねられる仕組みです。補正を選択した場合の価格見直しや契約内容の調整については、電力広域的運営推進機関(OCCTO)や資源エネルギー庁と連携して行われる見通しです。
この適用拡大により、制度全体としての整合性と長期安定性が高まり、これから脱炭素電源に参入しようとする事業者にとっても、より予見可能で持続可能な制度環境が整ったといえるでしょう。
今後の動向と企業への影響
第3回入札から大幅な制度改正が行われた長期脱炭素電源オークション制度は、これまで制度の枠外にあった技術や、新興エネルギーの導入を強く後押しする内容となっています。
これにより、企業にとっての制度活用の選択肢が広がるだけでなく、脱炭素社会に向けた市場構造の変化も加速する可能性があります。
ここでは今後の制度運用の方向性と、企業活動やエネルギー政策への影響について展望します。
応札促進による多様な脱炭素電源の登場可能性
第3回入札からの制度見直しにより、これまで応札が困難だった水素・アンモニア・CCS付火力・LDES(長期エネルギー貯蔵システム)などの新技術が現実的な対象となりました。これにより、制度は単に再生可能エネルギーを支援する仕組みから、あらゆる脱炭素技術を包含するプラットフォームへと進化しつつあります。
特に、コストの高さや収支リスクを理由に応札を見送ってきた事業者にとって、上限価格の引き上げや事業報酬率の調整、さらには価格補正の柔軟化は大きな追い風となります。今後の入札では、以下のような新たなプレイヤーや電源が登場する可能性があります。
- 海外からのグリーン水素を活用する水素専焼発電事業
- 既設火力にCCS設備を付加したリニューアル型プロジェクト
- 長時間の電力貯蔵が可能な革新的蓄電技術(LDES)
このように、制度は単なる電源の選別ではなく、多様な脱炭素技術の実証と事業化を後押しする仕組みとして機能していくことが期待されます。
エネルギーミックスへの影響と民間投資の呼び込み
制度の拡充は、日本のエネルギーミックスにも影響を与えると考えられます。現在、日本の電源構成は依然として火力が約7割を占めており、再エネ比率は30%未満にとどまっています。ここに多様な脱炭素電源が加わることで、バランスの取れたエネルギーミックスの実現がより現実的になります。
また、制度によって20年間の収入予見性が確保され、報酬率も電源の特性に応じて柔軟に設定できるようになったことで、民間企業の長期投資がしやすい制度環境が整備されました。とりわけ、以下のような企業にとって制度の恩恵は大きいといえます。
- インフラファンドや電力会社など、長期リターンを求める投資主体
- 設備更新やカーボンニュートラル経営を進める重電・化学・素材メーカー
- 海外市場向けグリーン電源を確保したい輸出志向の製造業
制度がこうしたプレイヤーを呼び込むことで、脱炭素化の動きは政策主導から市場主導へと軸足を移しつつあるといえるでしょう。
制度の柔軟性と予見可能性のバランス
第3回入札における制度改正では、価格補正や報酬率調整、リクワイアメント緩和といった柔軟な措置が多く導入されました。これにより、事業者は不確実性に備えた制度活用が可能になりつつあります。一方で、制度の複雑化や透明性への懸念も生じる可能性があります。
今後、制度の信頼性を保つには、次のような柔軟性と規律の両立が求められます。
- 指数連動の価格補正における透明な根拠データの提示
- 応札後の要件変更に伴う契約の明確化と公平な適用
- 目標未達成時のペナルティ設計における予見性の担保
このような運用が実現すれば、長期的な制度への信頼が高まり、より多くの民間事業者が参入可能な市場環境が醸成されていくでしょう。
まとめ
長期脱炭素電源オークション制度の第3回入札は、制度開始以降最大規模の見直しが実施される重要な節目となります。特に、これまで応札が難しかった水素・アンモニア・CCS付火力・LDESといった脱炭素電源に対して、上限価格の大幅な緩和、可変費の支援拡大、事業報酬率の調整といった柔軟な措置が講じられたことは、制度の本質が「導入実現の後押し」に大きくシフトしたことを示しています。
これらの改正により、従来は高コストやリスクの高さから参入が難しかった事業者にとっても、長期的な収益の見通しを持って投資判断を下しやすい環境が整備されました。加えて、インフレや金利、為替変動といった外部経済リスクにも柔軟に対応できる価格補正制度が導入されたことで、制度の信頼性と実効性は大きく高まりました。
一方で、このような柔軟性の拡大は、制度運用の複雑化や透明性の確保といった新たな課題も伴います。今後は、リクワイアメントの実効性を保ちつつ、企業が制度を的確に活用できるような情報提供や制度説明の充実が求められるでしょう。また、制度によって促された投資が、どのように日本のエネルギーミックスや地域電源構成に影響を与えるのかも注視すべきポイントです。
今後の動向次第では、日本の脱炭素化のスピードと方向性が大きく変わる可能性もあります。制度の柔軟性と予見可能性のバランスを取りながら、多様な脱炭素電源の導入が着実に進むかどうかが、この制度の成否を分けるカギとなるでしょう。