系統用蓄電池は、再生可能エネルギーの拡大とともに注目を集める調整力として、日本の電力インフラを支える重要な役割を担い始めています。特に、卸電力市場(JEPX)・需給調整市場・容量市場という3つの電力市場を活用して、蓄電池の充放電を通じて収益を得る新たなビジネスモデルが台頭し、多くの民間企業が参入を検討しています。
この記事では、系統用蓄電池市場が活況を呈している背景や、制度改正・補助金の動向、企業が感じる期待と不安、そして、具体的な収益化の3パターン、「アービトラージ」、「需給調整」、「容量市場」について分かりやすく解説します。
さらに、実際の参入に向けたハードルや、アグリゲーターの活用、制度変更リスクなどの注意点についても詳しく紹介。2050年のカーボンニュートラル社会に向けた市場成長の見通しまで、実務に役立つ視点で掘り下げていきます。
系統用蓄電池市場が注目される背景と制度動向
再生可能エネルギーの急速な普及と、カーボンニュートラル実現に向けた国の方針を背景に、系統用蓄電池への注目が急速に高まっています。特に2022年以降、制度改正や補助金の整備が進んだことで、民間企業の参入も活発化しています。まずはじめに、系統用蓄電池市場の成長を支える具体的な要因と、それを後押しする国の制度や施策について解説します。
系統用蓄電池への注目が集まる理由
太陽光や風力などの再生可能エネルギーは、天候や時間帯によって発電量が大きく変動するという特徴があります。そのため、発電量と消費量のバランスが乱れやすく、安定供給のためには「調整力」が不可欠です。系統用蓄電池はこの調整力を担う存在として、再エネ導入拡大の鍵を握っています。
たとえば、晴天の昼間に太陽光発電が大量に発電しても、需要が少ないと電力が余ってしまい、逆に夜間に需要が高まっても発電できなければ電力不足になります。こうした需給ギャップを埋めるために、昼間の電気を蓄えて夜に放電できる系統用蓄電池の価値が見直されています。
また、日本は島国で送電網の連系が限られており、地域ごとに需給バランスを調整しなければならないため、分散型電源の調整力としての蓄電池の役割がより重要になっています。
制度改正と補助金による後押し
系統用蓄電池の普及を後押しした大きな転機は、2022年5月の電気事業法の改正です。これにより、出力10MW以上の蓄電池が「発電設備」として認定されるようになり、電力市場への参加が正式に認められました。これにより、従来は制度外とされていた大型蓄電池も、再エネと同様に売電や市場取引の対象になったのです。
さらに、10MW未満の蓄電池にも注目が集まり、補助金制度の拡充が行われました。経済産業省が中心となり、全国で自治体も巻き込んで導入支援を強化しています。2023年度には「蓄電池導入加速化補助金」などが展開され、環境省や地方自治体による支援金も併用可能なケースがあります。
これまでに交付された補助金総額は数百億円規模に達し、企業が導入に踏み切るきっかけとなっています。特に、事業初期のイニシャルコストを抑えられる点が、参入企業の心理的ハードルを下げています。
長期脱炭素電源オークションと投資の拡大
国が主導する「長期脱炭素電源オークション」は、脱炭素型の電源投資を20年間にわたって支援する制度です。これは容量市場の一種で、再生可能エネルギーや蓄電池などの低炭素電源に、長期の固定収入を与える仕組みとなっています。
第1回の入札結果(2024年)では、採択案件の約7割が系統用蓄電池関連で占められたことが話題になりました。この結果からも、投資家や企業の間で系統用蓄電池への信頼と期待が高まっていることが分かります。
オークションでは、容量10MW以上の蓄電池を対象に、20年間分の「kW価値」に対する固定収入が約束されます。これにより、長期的なキャッシュフローの見通しが立ちやすくなり、金融機関からの資金調達もしやすくなります。住友商事など大手企業も全国規模で蓄電池網を整備するなど、本格的な投資が加速しており、市場の信頼性も高まりつつあります。
系統用蓄電池ビジネスへの参入企業の期待と課題
系統用蓄電池の市場は制度改正や補助金の追い風を受け、さまざまな業種の企業が参入を検討しています。特に、電力分野に知見を持つ企業だけでなく、不動産業や物流業など異業種からの関心も高まっているのが特徴です。
一方で、新たな事業領域であるがゆえに、多くの企業が収益性や運用面での不安も抱えています。ここでは、実際に聞かれている企業の声を通じて、期待と課題のリアルをひも解きます。
新電力・エネルギー企業の戦略的な期待
系統用蓄電池の運用は、電力の需給管理に通じるため、新電力や既存のエネルギー企業にとって親和性が高いビジネスといえます。たとえば、すでに卸電力市場(JEPX)で電力取引を行っている企業は、市場価格の変動予測ノウハウを活かして、アービトラージ(価格差を利用した売買)による収益獲得を見込んでいます。
また、需給調整市場への対応も、これまでの発電所や電力需給管理の経験が活きる領域です。実際に「蓄電池運用は自社の需給業務に似ており、ノウハウを転用できる」との声もあり、コア事業とのシナジーを期待する企業が増えています。
一方で、予測精度の向上や設備稼働の最適化といった運用能力も問われるため、単なる投資ではなく、戦略的に事業化を図る姿勢が求められます。
不動産・物流・商社など異業種の参入動機
▼ 企業タイプ別の参入動機と課題
企業タイプ | 参入動機・背景 | 想定課題 |
---|---|---|
新電力・エネルギー企業 | 市場予測や需給管理のノウハウ活用 | 応動体制・価格予測精度の確保 |
不動産会社 | 電気工事・保守経験の活用、土地活用 | 系統連系や市場知識の不足 |
商社・物流企業 | 遊休地の活用、新事業開拓 | 蓄電池の運用経験や管理体制の構築 |
エネルギー分野の経験がない企業でも、系統用蓄電池に強い関心を持つケースが増えています。特に不動産会社は、太陽光発電の設置経験を活かせる点に魅力を感じており、「電気工事やメンテナンスのノウハウがそのまま使える」として蓄電池事業を新たな収益源と見なしています。
また、商社や物流企業では、日陰など太陽光発電に不向きな土地でも設置可能な蓄電池の特性を活かし、遊休地の有効活用を目的とした参入が進んでいます。系統用蓄電池は同容量の太陽光発電に比べて設置面積が小さく、都市部の狭小地でも導入可能です。
これらの企業にとって、再エネの導入が難しい制約条件を逆手に取った新ビジネスとして、蓄電池が注目されています。
系統用蓄電池ビジネスにおける懸念と不安
期待が高まる一方で、企業が抱える不安も無視できません。特に共通する懸念は、安定した収益を本当に確保できるのかという点です。電力市場は価格の変動が激しく、長期的なキャッシュフローを見通しにくいという課題があります。
また、需給調整市場においては、放電のタイミングや量を送配電事業者の指令に従って調整する必要があり、十分な応答ができなければペナルティが課される仕組みです。このため、運用体制や人材育成に対して不安を感じる企業も少なくありません。
加えて、系統用蓄電池は設備の劣化が避けられないため、運用期間中の性能低下やメンテナンスコストをどう見積もるかも、事業計画上のリスク要因となっています。
「3市場の組み合わせ」が最大の関心事
▼ 3市場の比較表
市場名 | 収益性 | 安定性 | 応動要件 | タイムスパン |
---|---|---|---|---|
卸電力市場 | 中 | 低 | なし | 短期(日単位) |
需給調整市場 | 高 | 中 | 厳しい | 中期(週・月単位) |
容量市場 | 低〜中 | 高 | やや厳しい | 長期(年単位) |
多くの企業が悩んでいるのが、「卸電力市場」「需給調整市場」「容量市場」という3つの市場をどう組み合わせて最大限の収益を得るか、という点です。それぞれの市場が持つ収益の性質(短期・中期・長期)が異なるため、どこに軸を置いて事業を組み立てるかが収益性を大きく左右します。
たとえば、短期的な価格差を狙うアービトラージに注力すれば市場変動の影響を受けやすくなりますし、容量市場中心の戦略を取れば収益化までの時間がかかることになります。企業ごとの資金力やリスク許容度に応じて、どの市場にどれだけ関与するかを柔軟に設計する必要があります。
この「3市場の最適なミックス」が、今後の系統用蓄電池ビジネスにおける勝ち筋を左右する鍵となっています。
系統用蓄電池のビジネスモデルとは
系統用蓄電池は、再エネの不安定さを補完する調整力として注目される一方で、民間企業が収益を上げられる新たなビジネスチャンスとしても注目されています。
実際、設備投資を行い、運用を工夫することで収益を得る道が開かれており、特に電力市場との接点を持たない企業にとっても、ビジネスモデルが明確になりつつあります。この章では、収益化の具体的な仕組みと、参入におけるハードルおよび解決策について詳しく解説します。
民間企業が収益を得る3つの仕組み
系統用蓄電池を使って収益を得る方法は、大きく分けて3つの市場を活用するビジネスモデルに集約されます。
1つ目は、卸電力市場(JEPX)での「アービトラージ」です。安い時間帯に電力を仕入れ、高い時間帯に売却することで価格差から利益を得るシンプルな仕組みです。特に日中の太陽光電力が余りがちな時間帯に充電し、夜間の需要ピークに放電する運用が有効です。
2つ目は、需給調整市場での報酬獲得です。一般送配電事業者の要請に応じて放電することで、「待機への報酬(ΔkW価値)」と「実際の放電による報酬(kWh価値)」の2つの収益を得られます。
3つ目は、容量市場での固定収入です。ここでは発電能力そのものを「供給力(kW)」として評価し、数年単位で報酬が支払われます。長期的に安定した収入を見込めるのが特徴です。
これら3つの市場を適切に組み合わせることで、蓄電池の価値を最大化し、収益の柱を複線化することが可能になります。
参入障壁とその乗り越え方
系統用蓄電池ビジネスには一定の収益性が見込める一方で、参入にあたっていくつかの障壁があります。特に大きいのは「専門性」と「スケール」の問題です。
たとえば、卸電力市場でのアービトラージを行うには、電力価格の予測や市場動向を読む力が求められます。これには高度なデータ分析能力や電力市場の知識が必要です。また、需給調整市場では送配電事業者の指令に応答できる体制と技術が求められ、規模が小さいと対応が難しくなるケースもあります。
こうした課題を乗り越える手段として注目されているのが、アグリゲーターの活用です。アグリゲーターとは、複数の分散型電源や蓄電池をまとめて市場に参加させる専門事業者のことです。これにより、単体では対応できない放電量の確保や市場ルールへの対応、制度変更への即応などが可能になります。
また、運用を専門のエネルギー管理会社に委託することで、自社での市場運用負担を大きく軽減することもできます。加えて、国や自治体の補助金を活用することで初期投資の負担も抑えることができます。
このように、外部の専門家と連携しながらリスクを管理しつつ、系統用蓄電池の価値を最大限に引き出す戦略が今後の成功の鍵になります。
収益化の方法①:卸電力市場でのアービトラージ
系統用蓄電池を活用した収益化手法の中でも、もっとも取り組みやすいとされているのが「アービトラージ」です。卸電力市場(JEPX)での価格差を利用した取引により、比較的シンプルなロジックで利益を得ることが可能です。この章では、JEPXでの取引の仕組みやアービトラージの実例、参入のしやすさ、そして成功に欠かせない運用技術について解説します。
JEPXでの取引の仕組み
▼ 1日の電力価格変動とアービトラージの例
JEPX(日本卸電力取引所)は、全国の電力小売業者や発電事業者が電力を売買する市場です。スポット市場では、翌日に供給・使用される30分単位の電力について、毎日取引が行われています。参加者は、希望する買値や売値を提出し、需要と供給のバランスによって価格が決定されます。
蓄電池を所有する事業者は、この市場において「安い時間帯に買って充電し、高い時間帯に売って放電する」という戦略を取ることで、電力の価格差から利益を得ることが可能です。この価格差を活用する売買手法が、いわゆるアービトラージです。
たとえば、夜間の電力単価が1kWhあたり10円、夕方のピーク時に30円となれば、1kWhあたり20円の差益が得られる計算になります(実際には効率や手数料も考慮する必要があります)。
市場価格の差を利益に変える方法
アービトラージで収益を出すには、充放電のタイミングを市場価格の動きに合わせて最適化する必要があります。基本的な手法は、過去の価格動向や需要の傾向、天候予測などをもとに、価格が低いと予測される時間帯に電力を購入し、価格が上昇すると見込まれる時間帯に売却することです。
たとえば、天気予報で晴天が予想される日は、日中の太陽光発電量が増えるため電力価格が下がる傾向があります。逆に、夕方から夜にかけては家庭やオフィスの需要が高まり、価格が上昇することが多いため、ここに向けて放電を行うのが基本戦略となります。
ただし、毎日の市場価格は常に変動しており、過去の傾向だけでは対応しきれないケースも多いため、リアルタイムの情報とデータ解析による精密な判断が求められます。
メリットと参入のしやすさ
アービトラージの最大のメリットは、他の収益化手法と比べて制度的な制約が少ない点にあります。需給調整市場や容量市場は参入に際して認証や設備条件が厳しい一方、JEPX市場は必要な手続きさえ踏めば比較的早く取引を開始できます。
また、蓄電池の出力や容量が比較的小さくても運用が可能であるため、初期投資を抑えたい事業者にも向いています。特に、すでに電力小売事業を営んでいる企業であれば、既存の市場参加ノウハウをそのまま活かせるため、非常に親和性の高いビジネスモデルといえます。
その一方で、価格差が縮小する日や、読みが外れると収益が出ないどころか損失が出るリスクもあるため、安定収入を得るためには適切な判断力と柔軟な対応力が必要です。
価格予測や運用委託の重要性
価格の予測精度と運用体制が、アービトラージの成否を左右するといっても過言ではありません。市場の動きをリアルタイムで把握し、適切なタイミングで充放電を行うには、高度な運用技術と専門知識が不可欠です。
このため、最近では運用を専門業者に委託する事例も増えています。たとえば、EMS(エネルギーマネジメントシステム)を提供する企業に蓄電池の遠隔制御を委ねることで、最適な売買タイミングを自動で判断・実行できるようになります。
また、AIを活用した価格予測モデルを導入し、過去の市場データや需要パターン、天候情報などをもとに分析を行うことで、収益性を高めるアプローチも広がっています。
こうした外部の力をうまく活用しながら、自社のリスクを最小限に抑えつつ、最大限の収益を目指すことが現実的な運用手法といえるでしょう。
収益化の方法②:需給調整市場での取引
系統用蓄電池の収益化において、近年注目されているのが「需給調整市場」です。これは電力の需要と供給のバランスを保つために整備された市場であり、蓄電池の特性を活かしたビジネスモデルが展開されています。この章では、需給調整市場の基本的な仕組みや商品区分、参入障壁を克服する方法、そしてリスク対策について詳しく解説します。
調整力市場の役割と仕組み
需給調整市場とは、電力の使用直前に発生する需要と供給のズレを調整するために、送配電事業者が「調整力」を確保するための市場です。電力は常に「同時同量」、すなわち発電と消費が一致していなければならず、このバランスが崩れると周波数が乱れ、最悪の場合は大規模な停電につながるおそれがあります。
こうしたリスクを防ぐために、一般送配電事業者は需給調整市場で蓄電池などの「調整力を持つ電源」から電力供給の準備を契約し、必要に応じて放電の「発動指令」を出します。蓄電池所有者はこの指令に応じて放電を行い、その見返りとして報酬を受け取ります。
報酬は「ΔkW価値(準備の対価)」と「kWh価値(実際の放電の対価)」の2つで構成されており、安定した収益源になり得る仕組みです。
応動時間と商品区分(一次~三次調整力)
需給調整市場には、調整力の応答速度(応動時間)に応じて「一次」「二次」「三次」という3つの区分があります。それぞれの区分には、さらに細かい商品として以下のような違いがあります。
- 一次調整力:応動時間10秒以内。最も即時性が求められる高付加価値商品。主に自動制御が必要。
- 二次調整力①②:応動時間5分以内。比較的早期の対応が求められ、蓄電池との相性が良好。
- 三次調整力①②:応動時間15分~45分以内。市場としての歴史が長く、取引の主流。
これらの市場は2021年以降段階的に開場され、2024年には全面開場を迎えました。ただし、市場が新しいため、商品ごとの価格水準は安定しておらず、企業は柔軟に対応する必要があります。
たとえば、応動時間が短いほど市場単価が高くなる傾向にありますが、それだけ技術的要件も厳しくなります。自社の技術力や設備スペックに応じた商品選定が重要です。
アグリゲーターの活用で参入障壁を緩和
需給調整市場は高収益が期待できる一方で、単独での参入にはいくつかのハードルがあります。たとえば、調整力として提供できる電力量の下限や、応動時間への対応などが要件となり、小規模な蓄電池設備では条件を満たせないことが多くあります。
この問題を解決するのが「アグリゲーター」の存在です。アグリゲーターは複数の分散電源や蓄電池を束ねてひとつの仮想的な電源として運用し、市場に参加できるようにします。たとえば、自社の蓄電池だけでは応札条件を満たせない場合でも、アグリゲーターと連携すれば市場に参加できるチャンスが広がります。
また、アグリゲーターは制度改正や市場動向に関する最新情報の提供、発動指令への自動対応、運用効率の最適化など、運営上の支援も行ってくれるため、初心者企業にとっては心強いパートナーになります。
ペナルティリスクと制度変更の注意点
需給調整市場での取引には、放電命令に応じられなかった場合のペナルティが存在します。たとえば、応動時間内に放電できなかった場合、契約破棄や次回以降の入札資格停止といった制裁措置が課されることがあります。
このリスクを回避するには、蓄電池を常に準備状態に保つための運用体制を整え、設備トラブルや通信障害などの非常時にも対応できる冗長性を持たせておくことが重要です。
さらに、需給調整市場は制度が新しく、毎年のように取引ルールや要件が見直されています。そのため、制度変更への対応力も不可欠です。最新情報を継続的にチェックし、必要に応じてアグリゲーターや専門コンサルタントと連携する体制を整えておくことが、安定運用につながります。
収益化の方法③:容量市場での固定収入
電力市場の中でも、比較的長期にわたって安定した収益を得られるのが「容量市場」です。系統用蓄電池の出力を「供給力(kW)」として評価し、発電可能な状態を維持することに対して対価が支払われる仕組みです。この章では、容量市場の目的やオークションの種類、実際の取引の流れ、そして注意すべきリスクへの対処法について詳しく解説します。
容量市場の目的と収益構造
容量市場は、将来の電力供給の安定化を目的として設けられた制度です。再エネのような出力が不安定な電源が増える中でも、安定供給を確保するためには、ピーク時に確実に電気を供給できる電源を確保しておく必要があります。
この市場では、「実際に電気を供給した量(kWh)」ではなく、「供給可能な能力(kW)」に対して対価が支払われます。たとえば、系統用蓄電池が10MWの出力を維持できる状態であれば、その10MW分が評価対象となり、決定された単価×出力で収益が計算されます。
報酬は基本的に年単位で支払われるため、短期市場とは異なり、長期的・計画的なキャッシュフローの確保が可能です。この安定性こそが容量市場の大きな魅力といえます。
メインオークションと長期脱炭素電源オークション
容量市場には2種類のオークションが存在します。ひとつは「メインオークション」、もうひとつは「長期脱炭素電源オークション」です。
メインオークションは、電力広域的運営推進機関(OCCTO)が4年後の最大需要を予測し、その供給力を確保するために毎年実施されます。参加者は維持管理にかかるコストを元に1kWあたりの単価を設定して応札し、最も高い約定単価で落札者全員に支払われます(シングルプライス方式)。
一方、長期脱炭素電源オークションは、より長期間の収益安定を目指す新制度で、採択されれば最大20年間の固定収入を得ることができます。2024年の第1回では、系統用蓄電池関連が約7割を占めたことが話題となりました。条件として、蓄電池容量が10MW以上であることなどが求められます。
どちらのオークションも、事業計画を安定させる上で非常に重要な収益源となります。
取引のタイミングと実運用の流れ
容量市場は、他の電力市場と異なり、実取引の4年前にオークションが実施されるという特徴があります。つまり、2025年に入札しても、収益が得られるのは2029年度以降というタイムラグが発生します。
運用の流れとしては、オークションで落札後、指定された年に供給力として稼働できるよう体制を整える必要があります。具体的には、年間最大12回の発動指令に備え、3時間連続で電力供給可能な状態を維持しなければなりません。
この要件を満たすためには、スケジュール管理や運用計画が非常に重要です。また、JEPXや需給調整市場との兼ね合いも考慮しながら、放電のタイミングを調整する必要があります。
機会損失や応動要件への対策
容量市場は長期安定収益が魅力である一方、機会損失のリスクも存在します。たとえば、容量市場で指定された時間帯に放電要請があった場合、他の市場で高値売電できるチャンスを逃してしまうことがあります。
また、発動指令のタイミングが最大3時間前まで不明なため、柔軟なスケジュール管理が必要です。対応できなければ、ペナルティや次回入札への影響が生じる可能性もあります。
このようなリスクに対しては、以下のような対策が有効です。
- 市場ごとの優先順位と運用ルールを明確にしておく
- EMS(エネルギーマネジメントシステム)を導入し、自動化・最適化を図る
- アグリゲーターと連携し、複数市場を横断した効率的な運用を行う
このように、容量市場は魅力的な固定収入を提供してくれますが、それに見合った計画性とリスク管理が欠かせません。
系統用蓄電池と脱炭素社会の未来像
再生可能エネルギーの導入が加速する中、安定した電力供給を維持するためには「調整力」の確保が不可欠です。系統用蓄電池はこの役割を担う代表的な存在として、脱炭素社会の実現に向けた重要な鍵となっています。最後に、日本のエネルギー政策と将来の電源構成、そして系統用蓄電池に期待される役割について展望を交えて解説します。
カーボンニュートラルに向けた国の方針
日本政府は2020年10月、「2050年カーボンニュートラル」を宣言し、温室効果ガス排出量を実質ゼロにすることを目標に掲げました。その実現に向けては、再生可能エネルギーの比率を飛躍的に高めることが前提条件となります。
第6次エネルギー基本計画(2021年)では、2030年度の電源構成において再エネ比率を36~38%に引き上げる目標が示されました。このうち、太陽光と風力発電の合計が19~21%を占めるとされています。また、2024年度には第7次エネルギー基本計画の策定も予定されており、さらなる比率拡大が見込まれます。
再エネの拡大は気候変動対策として不可欠ですが、電力の安定供給と両立させるためには、瞬時に対応可能な調整力の導入が不可欠です。
再エネ導入と調整力の関係
太陽光や風力といった再エネ電源は、「天候に左右される」という不安定さを抱えています。たとえば、突然の曇天や強風で出力が低下すると、電力の供給が一時的に不足し、需給バランスが崩れてしまいます。
このような状況を回避するためには、余剰電力をためておき、必要なときにすぐに使える「調整力」が必要です。ここで系統用蓄電池が果たす役割が大きくなります。蓄電池は即時性のある出力が可能であり、需給バランスの変動に柔軟に対応できるため、再エネ導入の拡大を支える基盤技術とされています。
特に日本は島国であり、欧州のように隣国から電力を融通することができないため、自国内での需給バランスの調整手段として系統用蓄電池の重要性は一段と高まります。
系統安定化の鍵としての蓄電池の役割
電力の周波数安定性は、社会インフラを支えるうえで欠かせない要素です。系統用蓄電池は、周波数が乱れたときに瞬時に応答して電力を供給することで、停電や障害の発生を未然に防ぐ役割も担います。
たとえば、真夏の猛暑でエアコンの使用が急増した場合、電力需要が急騰して供給が追いつかなくなることがあります。こうした局面で、あらかじめ充電されていた蓄電池が瞬時に放電することで、需要を補い、周波数の変動を抑えることができます。
また、災害時においても系統からの供給が途絶えた際に、一時的な電力供給源として機能することが期待されており、防災インフラとしての側面も見直されています。
2050年に必要とされる38GWhの展望
東京海上ディーアールの試算によると、2050年にカーボンニュートラルを達成するには、少なくとも38GWhの系統用蓄電池容量が必要になるとされています。これは現在の導入量と比較して、飛躍的な拡大を意味します。
この背景には、再エネのさらなる導入と、出力の安定化ニーズの高まりがあります。蓄電池がなければ、再エネを活かしきれず、結局は火力発電に頼らざるを得ない状況にもなりかねません。
こうした見通しを受けて、すでに多くの企業が蓄電池事業への参入を加速させています。特に、これまでエネルギー事業に関わってこなかった事業者も、新たな成長分野として積極的に市場に参入し始めています。今後、ビジネス機会としても社会的インフラとしても、系統用蓄電池の存在感はさらに高まっていくでしょう。
まとめ
系統用蓄電池ビジネスは、再生可能エネルギーの拡大と電力系統の安定化という社会的要請を背景に、今後ますます重要性を増していく分野です。企業がこの分野で収益を上げていくためには、「卸電力市場」「需給調整市場」「容量市場」という3つの市場をいかに効果的に組み合わせて運用するかが最大のカギとなります。たとえば、短期的な市場価格の差を活用したアービトラージで日々の利益を確保しつつ、需給調整市場で調整力を提供して安定収入を得る。そして、容量市場を通じて長期的な収益基盤を築くというように、蓄電池の特性に合わせた柔軟な戦略設計が求められます。
一方で、制度変更のスピードや市場ルールの変化に即応する体制を整えることも欠かせません。特に需給調整市場や容量市場では、参加条件や応動要件が頻繁に見直されており、最新情報の把握と迅速な対応力が収益性に直結します。こうした環境において成功を収めるには、単独で全てを抱え込むのではなく、専門知識を持つパートナーとの連携が重要です。アグリゲーターやエネルギーマネジメント企業、制度に精通したアドバイザーなど、外部リソースを適切に活用することで、自社の強みを活かしつつ弱点を補うことが可能になります。
カーボンニュートラル社会の実現に向けて、系統用蓄電池はますます欠かせない存在となっていくでしょう。だからこそ、早期に正しい知識を身につけ、信頼できるパートナーとともに戦略を描くことが、この成長市場で勝ち残るための第一歩となるはずです。